イスラーム教とジャーミィ

Muharrem Hilmi Şenalp

17.07.2014

ジャーミィの姿は、ドームと共に宇宙のシンボルである。地球上にあるすべてのイスラームの礼拝所は「キブラ」に向かっている。宇宙の中心地点である力アバは、人間の最初の礼拝所であり、キブラである。力アバは、唯一なる神アッラーと自然的な関係で結ばれた人間に、この世に送られた理由を人々に思い出させる存在であり、また人々を正しい道に案内する道標でもある。葦の原から切り離された悲しみで、すすり泣くように聞こえるネイのように、人間の魂も現世のものではない。力アバも同じで、この世における来世のしるしとして一神教の聖なる建物なのである。人間の最初の礼拝所であった力アバは、預言者ムハンマドにキブラとして再び指示されたこと、ユダヤ教及びキリス卜教にキブラとして指示されていたクドス(エルサレム)のマスジディ・アクサ一からメッカにあるカアバの変更は、預言者ムハンマドが「ハータムル・アンビヤ一」( 最後の預言者)であり、イスラーム教は最後の真の宗教であることのアッラーからの確認である。
 

イスラーム芸術は、物的なものの形より、そのものの背景にある創造主に対する愛と素晴らしさに魅了され、影響された芸術である。基本を成す幾何学的、数学的模様、その間でのバランスのよい複雜な関係は、唯一から多数へ、多数から唯一へと永遠に往復し続ける。すベてがアッラーによって創造され、またすべてがアッラーの許に戻るというイスラームの基礎概念が、イスラーム芸術のあらゆる分野に影響を与えている。イスラーム芸術はただ素晴らしい作品を作ることを追求するのではなく、唯一なるアッラーの素晴らしさを作品で表現することを目指している。

 

無論、イスラームにおいての宇宙とその中にあるすベての被造物はアッラーの作品である。そのアッラーの作品を理解するための道具としての物理学、理化学、天文学などすベての学問は、真理を追求する科学となる。だからこそ、預言者ムハンマドのハディースに、「知恵はムゥミンの落し物である。みつけた所でそれを取得する。」と伝えられている。人間は、目の前にあるものをみて、そのものにこめられたアッラーの学問の美しさを見通して新しい発見をする。トルコ・イスラーム芸術において擬人化されたものは抽象的な普遍的な形で表現される。ものの内側にある真実は外からは見えない。見える形を取り除き、そのものの創造過程から世界の中で果たしている役割までを熟慮することが大切なのである。
 

この考え方が、イスラ一ム芸術にタジリード(insulation孤立)、タクスィー( condense凝縮)、タルキープ( compound調合)およびウスループ(stylization様式化)をもたらした。人間の純化は預言者ムハンマドをもって完成をみた。 また彼によって知らされたイスラームが産んだ文明はものを上記のように評価する。そのため、西欧文明における意味での絵画や演劇、小説などはイスラーム芸術には存在しない。その代わりに、細密画、カリグラフィ、装飾などの芸術と伝説などが存在する。 トルコ・イスラーム芸術におけるもののとらえ方は、現世と来世の一体性、生と死の事実を正しく理解し、人間の安寧と幸福の実現することを目指している。
 

以上のような考え方に基づき、歴史を通じて、イスラーム建築におけるジャーミィは、ただ人間だけではなく、その他の美しさと芸術作品の統合された聖なる空間である。また、このような理解を持って東京ジャーミィと文化センタ一は、トルコ・イスラー厶文明に属する芸術を代表するカリグラフィ、装飾、タイル、石材及び大理石、金属芸術、ムカルナス、マァキャーリ、セデフカーリ、及びキュンデキャーリのような各々独立した芸術分野を日本に紹介するものである。